コロナ禍で売上が増加した児童書市場ですが、コロナの落ち着きとともに売り上げが減少しました。出版不況、そして少子化が続いているなかでも、近年、絵本は好調に売上を伸ばしています。本稿では、絵本の売上好調の理由やコロナ禍におけるプロモーションの取り組みについて解説し、オンライン化も含めた絵本の今後の可能性を考えていきます。
出版科学研究所の出版月報(2025年1月)によると、2024年の紙と電子を合算した出版市場は、前年比1.5%減の1兆5,716億円となりました。22年以降3年連続で前年割れとなりましたが、落ち幅は縮小しています。
紙出版物(書籍・雑誌合計)は、5.2%減の1兆 56 億円。内訳は書籍が4.2%減の 5,937 億円、雑誌が6.8%減の 4,119 億円。
一方、電子出版市場は5.8%増の5,660億円となっています。コミック・書籍・雑誌の全ジャンルでプラスとなりましたが、特にコミックが堅調に成長し、単体で5,000億円を突破しました。
近年の児童書市場の売上推移は、コロナ禍前の2019年が880億円(うち絵本は312億円)でしたが、2020年は930億円(同330億円)、2021年には967億円(同353億円)と増加しました。
コロナが落ち着き始めた2022年には923億円(同341億円)と前年から減少しましたが、2019年と比較すると4.9%増えています。
さらに2023年には、児童書全体で863億円と前年比6.5%減のマイナスとなりましたが、絵本は好調を取り戻し、前年比2.9%増の351億円となりました。
コロナ禍での巣ごもり需要により、子どもの遊びや学習の一環として絵本の重要性が高まり、活況を呈した児童書市場ですが、2022年にはその勢いが収まり2023年には更に落ち込みました。
しかし、児童書全体が不振な中でも、絵本単体は23年に好調を取り戻しています。
「大ピンチずかん」シリーズ(株式会社小学館)や「パンどろぼう」シリーズ(株式会社KADOKAWA)などのメガヒットが絵本全体をけん引したことに加え、ロングセラーの売れ行きも好調でした。
このことから、絵本に対しての興味関心が薄れたわけではなく、ヒット商品や評判の良いものに売れ行きが集中するようになったと考えられます。
ここで、絵本の売り上げがなぜ好調なのか、理由を掘り下げて考えてみましょう。出版不況や少子化の影響を受けながらも、作家や出版社、書店、図書館、学校、自治体など、さまざまな関係者が一体となり、絵本を読者に届ける努力を続けています。その要因について詳しく見ていきます。
2001年の「子どもの読書活動の推進に関する法律」施行以降、都道府県と市町村が教育委員会や福祉部局、学校、図書館、民間団体、企業などと連携し、子どもの読書推進活動を積極的に行ってきています。例えば自治体では、赤ちゃんのいる家庭に無償で絵本を提供する「ブックスタート」活動が、学校では始業前に10分間読書をする「朝の読書」活動が今も広がりを見せています。
こうした活動を通じて、乳幼児向けのファーストブックや、小学生に人気のシリーズなど、多様なヒット作が生まれています。
コロナ禍で控えられていた書店の読み聞かせ会やおはなし会、作家によるサイン会やトークショーなどのイベントが再び活発化しています。また、絵本専門書店やブックカフェなど、親子で気軽に立ち寄れる場所も増え、読者が絵本と触れ合う機会が広がっています。
さらに、オンラインイベントやバーチャル絵本展など、新たな形の体験提供も進んでおり、リアルとオンライン双方で絵本の魅力を楽しめる環境が整っています。
絵本の内容や表現の幅が広がっていることも、売上好調の一因です。
イラストレーターや著名人、お笑い芸人、研究者など、異業種のクリエイターが手がける個性豊かな作品が続々と登場しています。例えば、「発想えほんシリーズ」(株式会社ブロンズ新社)といった子どもたちに大人気の絵本を数多く手がけるヨシタケシンスケさんは、もともとイラストや広告美術などを手がけるクリエイターでした。近年では、ほかにもお笑いタレントの西野亮廣(あきひろ)さんの『えんとつ町のプペル』(株式会社幻冬舎)や発達認知学者の開一夫さんが監修した『もいもい』(株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン)がベストセラーになるなど、異業種の才能が手がける、新しい視点を持つ絵本は、人々が絵本に目を留めるきっかけとなっています。
さらに顕著なのは、絵本のテーマの広がりです。SDGsやダイバーシティ、ジェンダー、環境問題といった社会的テーマを扱った作品も増え、多様な価値観に共感する読者を惹きつけています。例えば、性教育や多様性をテーマにした絵本は保護者や教育現場からの関心が高く、新たな読者層の開拓につながっています。2021年には、3歳から読める性教育絵本『性の絵本 みんながもってるたからものってなーんだ?』(株式会社KADOKAWA)が刊行され、大きな話題となりました。社会の価値観の変化に伴い、多様な絵本が出版されていくことが、今後も絵本が売れ続けるキーポイントのひとつとなるかもしれません。
コロナ禍を経て、家族で過ごす時間の大切さを再認識した家庭が増えました。
絵本は、親子のコミュニケーションを深めるツールとして改めて注目されています。特に、共働き世帯が増えるなかで、寝る前の読み聞かせや休日の読書時間が、貴重な親子のふれあいの場となっています。今後も、絵本の多様性や読書推進の取り組みが続くことで、幅広い読者層に支持される絵本市場の成長が期待されます。
コロナ禍をきっかけに多くの出版社がデジタルシフトしましたが、絵本の出版社も例外ではありませんでした。もともと小学生以上を対象にした児童書は、デジタル教科書へとつながることからデジタル化が進んでいましたが、緊急事態宣言による休園・休校中に知育絵本や図鑑は、次々と電子書籍化されました。特にデジタル化に積極的な動きがあるポプラ社では、2021年に小中学校向けに電子書籍読み放題のサブスクリプションサービス「Yomokka!」を開始。ポプラ社と「Yomokka!」の理念に共感した参加出版社40社による、4,600冊以上のさまざまな作品を掲載しています。
しかし、そのようなデジタルシフトの大波が起こっているなかで、インターネットでの絵本の扱い方に関して問題も起こりました。インターネット上に著者や出版社に許諾を得ない違法動画が激増したのです。大部分は、絵本の読み聞かせ動画をYouTubeに上げるといった、コロナ禍で外出が制限される中で子どもを楽しませることを目的とした悪意のないものでした。しかし、なかには課金や商品への誘導などの営利目的の動画もありました。
一方、著作権侵害だと分かっていても、自宅で過ごす子どものために仕方なく違法動画を見せた親たちが多数いることも分かってきました。出版社は対応に踏み出し、すでにアップロードされている動画には削除申請を出したり、1回限りのオンラインであれば使用可といった規制を設けたりしています。とはいえ、続々と新しい動画が配信されているのが現状です。各出版社や絵本出版業界が、一般読者に向けた著作権に関する啓発活動を行っていく必要がありそうです。
現在は絵本のリアルイベントが再開されていますが、コロナ禍では多くの絵本関連のリアルイベントや展示会が中止されました。そのような状況の中で、絵本の出版社の工夫により、絵本の売上は好調を維持することができました。
ここでは、コロナ禍における出版社の絵本プロモーションの取組みをご紹介します。
書店での読み聞かせやサイン会といったイベントができないことから、絵本の出版社によるオンライン配信での読み聞かせイベントが開催されました。例えばチャイルド社は、2020年9月に『コロナウイルスのころなっちとぼく』というコロナ対策絵本を刊行。絵本の販促とコロナ対策の周知を兼ねて、読み聞かせ動画の2次元コードつきのプレスリリースを配信しました。
また、書店での読み聞かせイベントのオンライン配信もありました。「こどものいる暮らし」をコンセプトとする柏の葉 蔦屋書店では「子ども未来フェス」と題したオンラインイベントが企画され、株式会社フレーベル館、株式会社ひさかたチャイルド、株式会社ほるぷ出版などから絵本を刊行している作家が参加しています。
ポプラ社は、発売前にゲラを電子データで配布するサービスを行う「NetGalley」と共同で、図書展示会や巡回販売の中止によって新刊書籍を手に取れない司書や学校図書館担当の先生に向けて、「図書館選書応援キャンペーン」という無料ゲラ配布を行いました。一般読者に対しても、NetGalley上で対象商品のレビューを書くと抽選でプレゼントが当たるキャンペーンを同時開催しました。
日本児童図書出版協会や出版文化産業振興財団、子どもの読書推進会議が共催していた「上野の森 親子ブックフェスタ」は、上野公園で毎年行っていた本の即売会が2年連続で中止になりました。その代わり、2021年は東京都美術館講堂での作家の講演会や体験授業をオンラインにて同時配信。絵本業界では一定の手応えがあったと好評だったそうです。
このようにデジタルシフトを始めた絵本出版社ですが、これで電子化が増えるかというとまだまだのようです。電子書籍の絵本では、読み上げ機能やタッチすることで音が出たり動いたりするなど、デジタルならではの表現方法が可能です。しかし、子どもの発達や親子のコミュニケーションなどの視点から考えられた判型や手触り、色遣いといったアナログの良さは、紙の本ならではのもの。また、おとなが子どもに寄り添い、肌と肌を触れ合わせてページをめくりながら感動を共にすることは、幼少期の貴重な体験となります。このように、紙の絵本ならでは良さを大切に思う出版社が多いことが、電子化に踏み切れない理由のひとつともいえるでしょう。
他にも、出版社によってはデジタルコンテンツに人員を割く余裕がないといったマンパワーに関する問題もあります。
一方で、電子化された絵本にもさまざまなメリットがあります。どんなに購入しても場所を取ることがなく、旅行先に持っていくにも重い絵本を持ち歩く必要がありません。電子化されれば、絶版になってしまった良作な絵本もいつでも読むことができます。また、子どもが実際に画面を触って、音を出したり登場人物を動かしたりできる機能を付けて表現を広げることも可能です。このように、紙の絵本の表現とはまた違った、電子化された絵本ならではの良さを活かしていけば、紙の絵本、電子化された絵本、お互いの市場を活発化していけるのではないでしょうか。
出版不況や少子化にもかかわらず、現在も売上が堅調に伸びている絵本市場。その理由には、子どもたちの読書活動を推進する教育政策や絵本と触れ合う場の増加、多様な作品による新たな読者の獲得、コロナ禍の巣ごもり需要などがあると考えられています。コロナ禍でオンライン化が加速したとはいえ、紙ならではの絵本やグッズなど、新しいコンテンツの開発にはまだ可能性があります。また、電子化も本格的には進んでいないため、この数年で大きく状況が変わることも十分考えられます。紙と電子の両方において、絵本や児童書の世界には大きな将来性があるといえそうです。
TOPPANクロレは、当社が製作に携わった特徴的な絵本を一冊取り上げて、作家様や出版社の編集ご担当者様にインタビューした「絵本っていいね!」を発行しています。絵本制作における裏話、絵本に込めた想いなどを語っていただいています。また、絵本づくりに携わるTOPPANクロレの「人」や「技術」もあわせてご紹介しています。ぜひご覧ください。